Complete text -- "自由・責任・コミュニティ(続き)"

21 May

自由・責任・コミュニティ(続き)

 匿名性の議論においても、法律家ないし法学者らしからぬall or nothingの議論しかしない人が、この世界には多いようですし、概念をきちんと明らかにしないまま、あやしげなまぜこぜの議論をして、独りよがりになっていることも多い気がします。
 たとえば、情報発信の局面での匿名性の是非は、結局はそのような情報発信によってコミュニティが形成されているかどうかというところにあります。そこで、弱い形か強い形かはともかく、コミュニティの形成される中では、自生的な秩序が形成され、その秩序のもとでコミュニティが運営されていくことになります。そのような状況では、コミュニティの形成度合いに応じて、構成メンバー間に信頼関係が形成されていくことになります。このようなことは、ネットワーク外の社会でもなされていることであり、特別なものではないのです。
 問題は、そのような部分社会としてのコミュニティの形成およびその内部でのルールが法とぶつかり合うときどのように対処するのかということになってくるのです。しかし、この場合、当該コミュニティが匿名性を是認するものであったとしても、そのこと自体が法と抵触しているわけではなく、そのコミュニティの活動が法と抵触しているのであって、まず最初は、匿名性とは分けて議論することが必要です。

 ただ、あらゆる社会的な局面において、顕名性を要求し、社会構成員相互の監視のなかで秩序形成をはかろうとするのは、少なくとも自由社会とは相容れないありかとのような気がします。もしこのようなシステムを押しつけた場合、結局は、相互監視は権力的な社会統制手段となってしまい、自己の身の安全を確保するための(国家への忠誠の表明としての)密告社会へと変容していく可能性を著しく拡大しかねないのです。
 社会的事実としての相互的な監視ではなくても、実は当該国家の法体系に適合するような方向でコミュニティの形成をはかっていく方が社会的に有害な行為の低減には有効なような気がします。コミュニティの形成は、構成メンバーの相互的な信頼を基礎としてなされるがゆえに、コミュニティの形成はコミュニティ内での有害行為をしにくくする機能がみこまれるのです。
#白浜シンポジウムのナイトセッションは、オフレコということですが、これもシンポジウム参加者においてある種のコミュニティが形成されていて、その相互的な信頼関係が形成されていることで、安心してオフレコの発言をすることができるのではないでしょうか。
09:32:17 | dolus | | TrackBacks
Comments

高橋郁夫 wrote:

高橋郁夫です。

本人(有体物)にアクセスするためのコストが一定のレベルを超えたときに匿名性があると定義してみました。

でも、この定義は、夜の参加者では、議論の前提にしてもらえませんでしたね。コミュニティのルールをどうつくるかみたいな話と、そのルールを破る人間にどう対処するかとがごっちゃだったような気がします。

どっちにしても、pptをアップしないといけませんね。
05/22/05 01:19:15

悪しき先輩 wrote:

ぜひ,両先生にこの論点の多角的な検討と整理をお願いします。誰も分析的見解を出そうとしないというか,できない方ばかり(自説に固執する底の浅い方ばかり)の声が大きいので憂慮してます。
また,「コミュニティーの実務」では,いかに問題児を問題なく追放できるか?そのためのルールはどうするか?に収斂されてしまっているようです(運営する側としてはフレーム消火に迫られているので無理もありませんが)。
05/22/05 10:48:43

高橋郁夫 wrote:

ということで、pptを解説付きでアップしました。
誤字・脱字等はご容赦。

http://www.comit.jp/misc/an...です。
05/23/05 00:02:40

高橋郁夫 wrote:

ただし、社会的な統制という観点からいえば、民事責任と刑事責任のからめ手で、アクセスコストを増加させるシステムを減少させる(囲い込み作戦)というのは、あるのではないでしょうか。

社会的には、刑事な社会と民事な社会が分かれているわけではないですしね。
05/23/05 15:17:01

悪しき先輩 wrote:

財政上の制約(コスト)から,今後はネットの法の支配は,警察組織ではなく,民間の自衛・自己責任に相当依存しなければならない感じです(出典ナイショ…笑…)。
法的サンクションよりも私的自治と訴訟外解決が求められるのは是か非か……多分5年後には結論が出ている予感。
05/31/05 03:12:30
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