Complete text -- "防御的緊急避難・対物防衛"

10 June

防御的緊急避難・対物防衛

 対物防衛を正当化事由のどの領域にわりふるのか、ということは、従来は、客観的違法論と主観的違法論、あるいは、規範違反説と法益侵害説の対立として議論されてきました。このような理論構成は、正当防衛の要件としての侵害の「不正」がア・プリオリに規定されるという発想にあるものといえます。しかしながら、正当防衛の成否により、犯罪の違法性が左右されるからといって、かならずしも、正当防衛の要件における「不正」(ないし「違法性」)が犯罪の違法性に直結している必要はないともいえます。
 ここでは、正当防衛と緊急避難の原理的な相違を考慮することのほうが重要ではないかといえます。もっとも、一部の学説にあるように、どちらも利益衡量のみによってその正当化を考えるというのであれば、実際のところ、緊急避難と正当防衛の相違は量的な違い程度のものでしかなく、質的相違はないともいえます。また、社会的相当性があるというのも、同じことでしょう。このこと以上に、社会的相当性の存否について、その実質的な判断を覆い隠してしまっているのでは、感覚的判断をしているだけでしかなく、説得的な根拠を構築することは困難です。さらに、このような理解には社会的相当性の概念史的な問題もあるといえます。

 両者の原理的な相違は何かということについて、諸説考えられますが、問題の一つの切り口として、緊急状況において、侵害行為者(正当防衛ないし緊急避難行為者)と侵害行為を受ける者(不正の侵害者ないし危難を転嫁された人)のいずれにそのリスクの負担を求めるのかということが考えられます。例えば、侵害行為をおこなう者の権限の有無と侵害行為に対する受忍義務の有無をあわせて考慮すべきという考え(成瀬・アクチュアル刑法総論186頁)がこれにあたるのかもしれません。ヤコプスは、これを管轄(Zustaendigkeit)により説明しようとします(「Guenter Jakobs管轄の段階――行為義務及び受忍義務の成立とウエイトに関する考察<翻訳>」姫路法学39=40号322頁以下)。
 通常の正当防衛の場合、不正の侵害者の行為を阻止するという点に法の確証を認めることができるということは、そのような緊急状況において生じるリスクを不正の侵害者が甘受すべきであるということでもあります。他方、緊急避難の場合、自らの生命を保全するため、第三者の財産を毀損するとしても、民事的な救済を留保することで財産の保有者はこれを受忍すべきであるといえます。
 しかしながら、対物防衛の場合、そのような判断を端的下すことは難しいところがあります。これを正当防衛として扱う場合、侵害状況を作出した財物の所有者は一方的にそのリスクを負担させられることになります。他方、これを緊急避難として扱うときには、害の衡量の要件のゆえに、侵害を作出した財物と侵害されそうな財物との経済的価値を検討しなければならなくなってきます。他人の犬が突然自分の犬に襲ってきた場合、両者の犬の価値によって受忍すべきかそうでないかが決まります。これは緊急行為の要件としてはかなりまずい帰結のように思われます。
 この点で、対物防衛ないし防御的緊急避難といわれる状況は、ヤコプスのいうように、攻撃的緊急避難と正当防衛の中間的な領域にあるといえましょう。そうすると、正当防衛と緊急避難の中間的な形態で、侵害者と被侵害者にリスク分配をすることが望ましいことになります。例えば、他人の犬が襲ってきた場合に、自分の犬との経済的価値を比較することが望ましくないのであれば、厳密な害の衡量を放棄して緊急避難を認めるか、または、正当防衛としつつ必要性・相当性の要件を通常より厳しく判断するということを考えてもよいかもしれません。
03:54:03 | dolus | | TrackBacks
Comments

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02/01/21 11:38:14
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